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戦没者の遺品の返還活動を続ける米国の非営利団体「OBONソサエティ」の代表であるレックス、敬子ジーク夫妻が、1月23日、参議院議員会館に水落敏栄本会会長を訪れ、活動状況を報告し、今後の遺品返還事業の取り組み方等について協議した。また、米国から持参した遺族が判明している日章旗等の遺品が水落会長に引き渡された。
1月23日、参議院議員会館の水落会長(参議院議員)をOBONソサエティ代表とそのサポーターが訪問した。代表のジーク氏は、平成27年に安倍首相に日章旗を返還するために来日した際に、水落会長とも面会し日本遺族会の事業への協力を相談して以来、遺品の遺族の身元判明件数が加速しており、「日本遺族会と各支部遺族会の皆様の協力のおかげで毎月四件から五件のご遺族が判明している。」と感謝の弁を述べた。
OBONソサエティの活動状況を聞いた水落会長は、「遺族の皆さんも活動に大変感謝しています。遺骨も遺品も帰ってきていない遺族にとって、日章旗のような遺品が戻ってくることは、まさに家族が帰ってきたようで、かけがえのないものだと思います。」と話した。また、遺族が高齢化しているので、遺品の返還を加速させなければならない。そのために、日本遺族会は政府に対し新たな事業として予算要求をし、計上されたことを伝えた。
今後、国会で審議され予算が決定すれば、遺品身元調査としての事業は迅速化し、OBONソサエティの活動がメディアの報道、インターネット等で広く注目されることにより、日章旗等の持ち主遺族捜索の依頼数も増え、各都道府県遺族会支部の協力で遺族の判明がますます進むことが見込まれ、より多くの遺族へ遺品が返還されることが期待される。
面談後、ジーク夫妻が来日に合わせ持参した、遺族が判明している日章旗12枚と遺留品の葉書 が水落会長へと引き渡された。これらの遺品は遺族または所定の遺族会へと届けられており、本会を通して返還された遺品は76件となった。
戦没者の遺品の返還運動を推進しているOBONソサエティから本会に照会があった、ガダルカナル島で戦死した大橋勘助さんの日章旗について、福島県遺族会へ遺族の捜索を依頼していたところ、大橋さんが伊達市保原町出身であることが分かり、遺族の所在も判明した。
大橋さんの日章旗は、イリノイ州在住の米国人男性が元米兵の父親が戦地から持ち帰ったものを譲り受け保管していたが、旗には兵士の武運長久を願って寄せ書きした故郷の家族らの思いが込められていることを知り、遺族への返還を希望していた。
11月21日、福島市の県遺族会館で返還式が行われ、福島県遺族の安齋満会長から大橋さんの甥の大橋孝一さんへと日章旗が引き渡された。孝一さんは「遺骨も戻らなかったので感慨深い。おじの墓に報告し、その後は県遺族会に寄贈して多くの人に平和を伝えたい。」と話した。
同じく福島県遺族会へ、フィリピンのルソン島で戦死した幕田吉蔵さんの日章旗について、遺族の捜索を依頼していたところ、桑折町遺族会の調査により、幕田さんの長男勝夫さんの所在が判明した。
幕田さんの日章旗は、イリノイ州在住の米国人ジェニファー・バゲット・プラムックさんが元米兵の祖父が戦地から持ち帰ったものを譲り受け保管していたが、旗に込められた意味を知り、遺族への返還を希望していた。
1月16日、桑折町役場で返還式が行われ、町長らが立ち合い、浅野義雄桑折町遺族会会長から勝夫さんへ日章旗が引き渡された。旗と一緒に届けられたジェニファーさんからの遺族への手紙には、「寄せ書き日の丸が家族の元に戻ることで、ご家族の悲しみが安らぎ、平安そして愛を感じていただけることが私の家族の最大の望みです。」と綴られていた。勝夫さんは、七年前に九十六歳で他界した母キンさんを思い、「母も天国で喜んでくれるでしょう」と話した。
戦没者の遺品の返還運動を推進しているOBONソサエティから本会に照会があった矢野雅一氏の日章旗について、香川県遺族連合会へ遺族の捜索を依頼していたところ、三豊市に遺族が在住していることが判明した。
中国の山西省で戦死した矢野氏(当時22歳)の日章旗は、サウスカロライナ州在住の米国人パターソン一家が元海軍兵の父親が戦地から持ち帰ったものを譲り受け、長年に渡り保管していた。
10月12日、高松市の県遺族会館で返還式が行われ、真鍋賢二香川県遺族連合会会長から親族の矢野博さんへと引き渡された。高齢で外出が困難な兄弟に代わって旗を受け取った博さんは、「中国からアメリカ、そしてここまで長い旅をしたものだ。関係者への感謝でいっぱい。雅一さんもやっと故郷へ帰れたと喜ぶでしょう」と話した。
戦没者の遺品の返還運動を推進しているOBONソサエティから本会に照会があった根本哲氏の日章旗について、三重県遺族会へ遺族の捜索を依頼していたところ、伊賀市遺族会の協力を得て、妹の根本トメノさんが伊賀市内に在住していることが判明した。
フィリピンのルソン島で戦死した根本氏(当時二十六歳)の日章旗は、ワシントン州在住のシェリル・グッドキンさんの大叔父(元米兵)が戦地から持ち帰ったもので、シェリルさんが譲り受け長年保管していたが、日章旗に込められた意味を知り、OBONソサエティに遺族への返還を依頼していた。
9月24日、市内で開かれた伊賀市戦没者追悼式(市主催)で、日章旗の返還式が行われた。伊賀市長も立ち合い、日章旗の持ち主探しに奔走した市遺族会の田中徹会長からトメノさんら家族に日章旗が手渡された。
兄の旗を手にしたトメノさんは、「今になって兄が帰ってくるなんて感激です。この旗を兄と思って供養します。」と話していた。
8月13日、千代田区の千代田会館で日本遺族会は、戦没者の遺品の返還活動を続ける米国の非営利団体「OBONソサエティ」との合同記者会見を開催した。会見には、水落敏栄本会会長、OBONソサエティから代表のレックス・ジーク、敬子夫妻、また、遺族へ日章旗を返還するために来日した元海兵隊員のマービン・ストロンボさんが出席した。
日本遺族会は、戦没者の遺品を遺族へ引き渡す活動を続けるOBONソサエティに協力しており、これまでも各支部遺族会を通して遺品の持ち主遺族を捜索した結果、「寄せ書き日の丸」をはじめ多くの遺品が遺族のもとへ返還されている。
今回OBONソサエティが日章旗等を返還するために来日することにあわせ、戦争を風化させず平和を語り継ぐことを責務とする本会とOBONソサエティの活動を広く知らせることを目的に記者会見が開かれた。
会見で、水落会長は、「戦没者遺族にとって、戦争の記憶は色あせることはありません。愛しい肉親を失った辛く苦しい心の傷は癒えることはありません。」と述べ、二度と同じような思いをする遺族をださないためにも、平和の語り部として次世代へ継承する戦没者の孫、曾孫等でつくる青年部の結成について触れた。
また、レックス・ジーク代表は、アメリカには遺品を遺族のもとへ返したいと願う退役軍人とその家族がたくさんいて、その橋渡し役であるOBONソサエティの活動は奇蹟の積み重ねであると挨拶し、今回遺族へ日章旗を返還するために来日したマービン・ストロンボさんを紹介した。
サイパン島で戦死した日本兵の日章旗を持ち帰ったストロンボさんは、「いつか必ず遺族のもとへ返すと(日本兵の)遺体に約束した」と語り、8月15日の岐阜県白川村での返還式で遺族に直接思いを伝えたいと述べた。
会見の最後には、今回OBONソサエティが持参した遺族が判明している日章旗3枚と軍人手帳が水落会長へと引き渡された。これらの遺品は、すでに遺族へと届けられており、本会を通して返還された遺品は57件となった。