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戦没者の遺品の返還運動を推進しているOBONソサエティから本会に照会があった、沖縄で戦死した本田萬作さんの日章旗について、愛知県遺族連合会へ遺族の捜索を依頼していたところ、本田さんが安城市出身であることが分かり、遺族の所在も判明した。
本田さんの日章旗は、マサチューセッツ州在住の米国人のウィルソンさんが元米兵の父親から譲り受け保管していたが、OBONソサエティの活動を知り、遺族への返還を希望していた。生前に父親も日章旗の返還を模索していたが叶わぬまま他界したため、今回の返還に際し、「父の長年の願いでもあった日章旗のご遺族が判明し心から嬉しく思います。本田家のご親族皆様にとって旗の返還が心の終止符となられますよう願っております。」とウィルソンさんから遺族あてにメッセージが添えられた。
5月14日、安城市役所で返還式が行われ、神谷学市長から本田さんの長男である紘さんへと日章旗が引き渡された。紘さんは、「こんなに長い時を経て帰ってくるとは思わなかった。うれしい限りです」と話した。
戦没者の遺品の返還運動を推進しているOBONソサエティから本会に照会があった、フィリピンで戦死した齊藤重忠さんの日章旗について、埼玉県遺族連合会へ遺族の捜索を依頼していたところ、熊谷市遺族連合会の協力を得て、齊藤さんが旧男沼村(現熊谷市)出身であることが分かり、遺族の所在も判明した。
齊藤さんの日章旗は、オクラホマ州在住の米国人が元米兵の父親から譲り受け保管していたが、OBONソサエティの活動と旗に込められた意味を知り、遺族への返還を希望していた。
五月三日、熊谷市役所で返還式が行われ、富岡清・熊谷市長が立ち会い、栗原健曻・熊谷市遺族連合会会長から齊藤さんの兄の孫である齊藤豊さんへと日章旗が引き渡された。豊さんは、「大叔父の魂が多くの方々を動かし、返還に至ったものと考えている。平和の輪が世界に広がってほしいとの願いも込めて、墓前に報告したい」と話した。
戦没者の遺品の返還活動を無償で行っているOBONソサエティから本会に照会があった元米兵が戦地から持ち帰った日章旗について、島根県、愛知県、滋賀県で、それぞれ遺族が判明し、無事返還された。
島根県では、フィリピンで戦死した雲南市大東町出身の細木恭一さんの日章旗の遺族が判明し、3月20日、大東地域交流センターで返還式があり、雲南市遺族会の難波幸夫会長から細木さんの次男の俊樹さんへ日章旗が引き渡された。俊樹さんは「形見というべき日章旗を早速、仏前に供え、亡き父を偲びたい」と涙ながらに語った。
愛知県では、フィリピンのルソン島で戦死した加藤達郎さんの甥にあたる拓さんが名古屋市内に在住していることが判明し、3月29日、名古屋市の愛知縣護国神社で返還式があり、急用で出席できなかった拓さんに代わり妻の妃登美さんが日章旗を受け取った。日章旗を保管していたニュージャージー州在住のトーマス・ホルジーさん(元米兵)からは遺族に対し、「戻られるべき場所へと返還できることをこの上なく嬉しく思います。」とメッセージが送られた。
滋賀県では、3枚の日章旗の持ち主遺族がそれぞれ判明し、4月5日の滋賀縣護国神社での返還式には、OBONソサエティの代表と日章旗を保管していた元米兵の孫らが来日し、直接遺族へと手渡された。
返還されたのは、フィリピン・ミンダナオ島で戦死した中野義良さん、同・レイテ島で戦死した三宅孝雄さん、インドで戦死した中嶋康平さんの日章旗で、旗を受け取った三宅さんの弟、信雄さんは「せめて旗だけでも返したいと兄が願ったのではないか。その願いが通じて帰って来られたのだと思う」と涙ぐんだ。
戦没者の遺品の返還活動を無償で行っているOBONソサエティから本会に照会があった元米兵が戦地から持ち帰った日章旗について、愛知県、香川県、鹿児島県の支部遺族会で調査した結果、それぞれ遺族が判明した。
愛知県では、フィリピンで戦死した稲沢市出身の寺町文治さんの日章旗の遺族が判明し、2月22日、愛知懸護国神社で日章旗帰還奉告祭並びに返還式が執り行われ、寺町さんの長男、竹田文雄さん(故人)の妻久子さんと長女の寺町清子さんが出席し、多くの遺族会関係者が見守る中、無事日章旗が引き渡された。清子さんは「母から、父の戦死の知らせは通知だけだったと聞いた。たった一つの形見ができて本当にうれしい」と語った。
香川県では、鹿児島県徳之島沖で戦死した丸亀市出身の亀井忠一さんの遺族が判明し、3月6日、同市保健福祉センターで返還式があり、亀井さんの姪の西川佳子さんに日章旗が返還された。旗を受け取った桂子さんは、「奇跡のような出来事」と感激し、「祖父母らもまつる仏前に『帰ってきたよ』と報告し、大切に保管したい」と語った。
鹿児島県では、インドネシアのアクデ島で戦死した西之表市出身の阿世知宏さんの日章旗が遺族に返還された。3月11日、鹿児島縣護国神社に阿世知さんの長男・慧さん、旗に寄せ書きをした宏さんの妹、岡野タイ子さん、阿世知美子さんら遺族が集まり、尾辻秀久鹿児島県遺族連合会会長(本会名誉顧問)、遺族会の役員参列のもと正式参拝し、日章旗の帰還が報告された。その後、青年部幹事会の中で返還式が行われ、尾辻会長から慧さんへと日章旗が引き渡された。旗には妻のタケさんが「慧はりっぱに育っています」と寄せ書きされており、慧さんは「多くの人がつないでくれ、当時の母の気持ちを感じられた。感無量です」と涙ぐんだ。
戦没者の遺品の返還運動を推進しているOBONソサエティから本会に照会があった、フィリピンで戦死した荒井清男さんの日章旗について、山形県遺族会へ遺族の捜索を依頼していたところ、荒井さんが旧鈴川村双月町(現山形市)出身であることが分かり、遺族の所在も判明した。
荒井さんの日章旗は、カリフォルニア州在住の米国人キャロル・ヒルさんが遠い親戚から譲り受け保管していたが、地元の新聞でOBONソサエティの活動と旗に込められた意味を知り、遺族への返還を希望していた。
1月31日、山形市の県護国神社内にある県遺族会事務所で返還式が行われ、同会の阿部博子副会長から荒井さんの次女の菊子さんへと日章旗が引き渡された。菊子さんは、既に他界した母の志げ江さんを思い、「さみしさを隠して父のことは何一つ語らなかった母だが、本当に喜んだだろう」と話し、日章旗を前に、「父が帰ってきたみたいだ」と父のぬくもりを感じていた。