73回目の終戦の日を迎えた8月15日、平成では最後となる政府主催の全国戦没者追悼式が東京・千代田区の日本武道館で天皇・皇后両陛下のご臨席を仰ぎ挙行された。追悼式には三権の長をはじめ、全国各地の戦没者遺族約6千5百人が参列し、正午の時報にあわせ一分間の黙禱が捧げられ、天皇陛下がおことばを述べられた。
式典は午前11時51分に開始され、全員起立する中、加藤勝信厚生労働大臣の先導で両陛下がご臨席された。国歌斉唱に続いて、安倍晋三内閣総理大臣が式辞で「戦争の惨禍を二度と繰り返さない、どのような世にあっても、この決然たる誓いを貫いて参ります」と決意を述べた。
その後、両陛下が「全国戦没者之霊」と書かれた標柱の前に進まれ、正午の時報に合わせて参列者とともに戦没者へ黙禱を捧げられた。続いて天皇陛下は「戦後の長きわたる平和な歳月に思いを致しつつ、ここに過去を顧み、深い反省とともに、今後、戦争の惨禍が再び繰り返されぬことを切に願い、全国民と共に、先陣に散り戦禍も倒れた人々に対し、心から追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります」と、おことばを述べられた。
次に、遺族を代表して父をテニアン島で亡くした鈴木喜美男さん(宮城県連合遺族会副会長)が追悼の辞を述べた。
参列した遺族は5千4百57人。戦没者の父母の参列はなく、102歳の戦没者の妻を含め妻は14人、戦後生まれは千5百54人で、内、18歳未満は121人であった。また今年も、7歳から17歳の戦没者の玄孫・曾孫六人が「青少年代表」として献花を行なった。そして「献花補助者」として戦没者の姪孫・曾孫14人が務めた。
平成31年度政府の予算編成は、各省庁が翌年度の政策を実行するにあたり、どの程度経費が必要か試算し、その必要額を毎年8月末に財務省に概算要求として提出するため、その作業が急ピッチで進められている。本会は、各支部からの要望実現のため厚生、総務両省へ陳情するとともに、本部・支部一体となって運動を展開している。
本会は、平成31年度の要望事項を取りまとめた「戦没者遺族の処遇改善に関するお願い書」を作成し7月25日、各都道府県遺族会会長らに対し、地元選出自民党所属国会議員が帰省等した際に直接本人に面会などして、概算要求に本会の要望事項が反映されるよう陳情運動を行うよう依頼した。
これを受け各都道府県遺族会は、猛暑のなか、地元選出国会議員に対して、理解と協力を求める陳情運動を行っている。
また、本会は8月1日に総務省を訪ね、横山均大臣官房審議官・恩給担当、遠山哲也恩給企画管理官に面会。同9日には、厚生労働省社会・援護局を訪ね、八神敦雄大臣官房審議官・援護担当、泉潤一援護企画課長、野竹司郎援護・業務課長、吉田和郎事業課長、皆川宏事業課事業推進室長らに面会した。総務、厚生労働の両省への陳情運動には畔上和男専務理事が出向き、「お願い書」を手交するとともに、本会の要望事項実現のために理解と協力をお願いした。
日本遺族会が要望していた、戦没者の遺留品調査の迅速化に係る経費が平成30年度政府予算に計上されたが、「平成30年度戦没者遺留品の返還に伴う調査一式」の事業が厚生労働省から本会に委託され、6月29日付けで、契約を締結した。
本事業は、厚生労働省が保管している名簿等の資料で遺留品の元の持ち主又はその遺族の所在を調べ、本会及び支部遺族会のネットワークを活用し、地域に密着した調査を実施することにより、遺留品返還業務の迅速な対応を図ることを目的としている。
本会は、OBONソサエティとの連携をさらに密にし、より多くの遺留品が遺族のもとに返還されるよう努めていく。
日本戦没者遺骨収集推進協会(推進協会)は、グアム島における遺骨の調査・収集を円滑に行えるよう、州政府機関との最終調整のため7月6日から12日までの7日間、赤木衛理事らをグアム島に派遣した。
従来、グアム島における遺骨の調査・収集は、「歴史的資源物と遺跡に関する捜索と調査」に関する法律に触れないよう、その都度州政府の協力を取り付ける必要があり、発見した遺骨の鑑定から受領までに、かなりの日数を要していたため、2万人が戦没したグアム島では、送還数が僅か5百柱に留まっている。
このような現状を踏まえ、推進協会は、グアム島内の土地を管轄するグアム公園娯楽省、グアム歴史保存局と「グアム島で発見された第二次世界大戦期の日本人兵士の遺骨捜索・調査・収集・帰還事業のための合意に関する覚書」を厚生労働省指導の下、締結することを決め、昨年四月から交渉を進めていた。
派遣団は、先方の責任者の署名した覚書の受領に向け交渉を重ね、帰国前日の7月11日に覚書を受領し帰国、7月20日付で尾辻秀久(推進協会)会長が覚書に署名し、覚書は締結された。
覚書が締結されたことにより、今後、グアム島での調査・収集の円滑化が図られることが期待される。
沖縄は6月23日、住民を巻き込み23万余の尊い命が失われた地上戦が終結して73年目の「慰霊の日」を迎えた。県内各地で戦没者の冥福を祈る慰霊行事が執り行われる中、日本遺族会は沖縄県遺族連合会と共催で第57回平和慰霊大行進を開催し、参加者は戦没者の御霊を慰め、世界の恒久平和を祈念し、摩文仁へと行進した。
梅雨が明け、強い日差しの下、午前8時30分、本会からの参加者遺族67人をはじめ県内外から約7百人が、糸満市役所前の南浜公園広場に参集し、平和祈願大会が開催された。
午前9時、水落会長、古賀誠本会名誉顧問らを先頭に、団旗を掲げた平和行進団は、最後の激戦地となった糸満市摩文仁を目指し出発した。参加者たちは、砲弾降りしきる中歩き続けた戦没者が辿った道程を一歩一歩踏みしめながら、犠牲者の冥福を祈り、世界の恒久平和を願い8.3キロを行進した。午前11時、平和祈念公園に到着して、沖縄県全戦没者追悼式会場に入場すると、式参列者から大きな拍手で迎えられた。
全戦没者追悼式には、安倍晋三内閣総理大臣、衆参両院議長、外務、防衛、厚生労働、沖縄担当の関係閣僚が出席し、県内外の遺族ら約5千百人が参列して、正午の時報に合わせ黙祷を捧げた。追悼式では、各代表が献花し、宮城会長が追悼のことばを述べ、沖縄県の高校生が「平和の詩」を朗読するなど、会場内は世界平和を願う祈りに包まれた。